Vol.185「コンセプトカーと市販車の関係性」
クルマの販売台数とデザインには明確な関係性がある。考えて頂きたい。同じ性能やスペックなら、誰だってカッコ良いクルマを選ぶことだろう。しかし「カッコ良い」の定義は非常に難しい。俳優なども整い過ぎた美男美女より個性がある方が飽きないし、魅力を持つ。クルマも全く同じ。個性が無いと存在をアピール出来ない。
かといって奇抜過ぎるデザインだと最初のハードルを超えらない。音楽は聞き慣れないと「いいね!」にならない。同じく、個性的なデザインも見慣れないと受け入れられない。そこで新しいデザインを誰にでも「いいね!」と思えるように仕立て、見慣れてもらう。それがコンセプトカーの役割ということになる。
人間の顔立ちで言えば、全体のバランスや目の大きさや鼻筋などが重要。クルマも基本的な「カッコ良さ」は決まっている。例えば『ワイド&ロー』。ドレスアップカーを見ても解る通り、車高を低くして車幅を広くした方が明確にカッコ良い。タイヤとフェンダーの隙間をギリギリにすると、それだけでスタイリッシュに感じるから興味深い。
また、SUVのようなモデルは、あえて車高を上げ「ハイライダー」と呼ばれる存在感を出す方向に持って行く。タイヤもありえないほど太くて大きいサイズを設定し、世の中に存在しなければタイヤメーカーに頼んで作って貰う。登山靴のようにデコボコしたタイヤも好んで使われる。コンセプトカーはいろんな意味で自動車デザイナーにとっての「作品」である。
ビジョン・クーペ
ビジョン・クーペの側面
ここまで読んで「だったらそのまま市販すればいいのでは?」と思うかもしれない。写真は世界中のクルマ好きから「カッコ良い」と評価されているマツダの『ビジョン・クーペ』というコンセプトカー。美しいだけでなく個性もあり、何より「マツダ車」というアイデンティティを持っているのが素晴らしいと思う。アイデンティティのあるデザインは国籍不明のデザインより難しい。
けれどビジョン・クーペを市販車にしようとした場合、様々な問題が出てくる。クルマを走らせようとしたら当然ながらサスペンションを動かさなくてはならない。そこでタイヤとフェンダーの隙間ができるし、フェンダーも上下方向にタイヤが動くための余裕を確保しなければならない。タイヤチェーンだって付かないとダメ。
また衝突安全性など考えるなら、細すぎるAピラー(車体の1番前のピラー。細い方がカッコ良い)も難しい。Aピラー、太ければ太いほど車体を安全に出来る。加えてキャビン(乗員スペース)を小さくするとオシャレに見えるのだけれど、やり過ぎたら大柄な人が座れなくなってしまう。デザインを追求すれば狭くなるのだ。
といったことを認識しつつ、いかに市販車をカッコ良く作るかというのがデザイナーのウデの見せ所。現在マツダは自動車業界関係者の間で高く評価されています。参考までに書いておくと、自動車メーカーのデザイナーになるのは超狭き門です。
国沢光宏 - 昭和33年東京都中野生まれ。
学生時代から自動車専門誌などでレポーターを始め、その後出版社を経てフリーの自動車ジャーナリストに。
著書に「愛車学」(PHP研究所)「ハイブリッド自動車の本」(三推社/講談社)「クルマの寿命を伸ばす本」(同)を始め多数。得意分野は環境問題、次世代の技術解説、新車解説。
毎日1万人が見に来る(KUNISAWA.NET)も好評。